チームは水曜練習会。2チームを編成し、私はBチームのアンカーとして第5区(4.0km)を走りました。
調子は上向いてきたものの、私の区間順位は19人中19位で最下位。また、チーム全体も19チーム中18位でした。レース中、私は3人に追い抜かれてしまいました。
1周目(2km)は11分40秒で走りましたが、その間に1人に抜かれました。2周目では、チームの仲間からの応援を受けてスピードを上げることができたものの、さらに2人に抜かれてしまいました。それでも、タイムは11分17秒と1周目よりもペースを上げることができました。
一方、Aチームは9位と健闘しました。特にアンカーの選手はキロ4分を切るハイペースで走り、4つ順位を上げる快走を見せました。選手の皆さん、本当にお疲れさまでした。監督として感謝の気持ちで一杯です。
またコース応援していただいた皆さんに感謝です。
今回の大会は、私にとって特別な思いを抱きながら走ったレースでもありました。それは、22年前に本大会へ誘ってくれたT前監督が、昨年7月に亡くなられたことが理由です。16年前、同じ会社のTさんから会社の監督を引き継いだ際に、同時に黄色のタスキも託されました。今回は大会用のタスキと共に、この黄色のタスキを身に着けて走ることにしました。また、ナンバーカードにはTさんの写真を忍ばせ、一緒に走っている気持ちで臨みました。

走っている間、「Tさん、走っているよ」と声に出しながら走りました。実際には苦しくて声になりませんでしたが、心の中では何度もそう呼びかけていました。かつてこのコースを走ったTさんと再び一緒に走っているような気がして、気合を入れてもらいたかったのかもしれません。

結果として、私は最下位に終わりました。しかし、Tさんから「もっと頑張れ」と叱られたような気がします。いや、もしかすると「次はもっと頑張れ」という励ましだったのかもしれません。
来年は、Tさんに怒られないよう、さらに頑張って走りたいと思います。

*応援と写真を撮っていただいた水曜練習会の皆さんに感謝です。
<昨日の走行距離>
四日市総合駅伝競走大会アップ2.0km/四日市総合駅伝競走大会第5区4.0km/計6.0km
<1月の走行距離>
286.4km
<年間走行距離>
286.4km
<連続走行日数(2014/7/21〜)>
3,843日