2020年06月27日

久し振りの名古屋です

世の中でも会社でも越県OKとなったので久し振り名古屋に行きました。 約5ヶ月振りです。

まずは富部神社に行きました。 大好きな蛙の御朱印をいただけるというこで初めて参拝し御朱印をいだたきました。 水無月限定御朱印だそうです。少し小さめな蛙ですが、かわいいです。

御朱印.jpg

参拝した後、本殿をじっくりと観察しました。 この本殿は国・重要文化財指定されており1606年に徳川家康の四男である清須藩主松平忠吉の命により造営されたいうことです。
400年も経っていますが、朱色で塗られており華やかな感じです。

神社.jpg

その後、栄で買い物をして庄内緑地公園を走りました。 公園はあじさいや菖蒲(しょうぶ)が咲いていました。 名城公園もそうですが、名古屋市の公園の花はいいですね。

しょうぶ.jpg

今日は蒸し暑かったですが、ランの方は何とかキロ7分は切れました。

<本日の走行距離>
夕方ラン7.0km
<6月の走行距離>
211.1km
<年間走行距離>
1,798.2km
<連続走行日数>
2,169日(2014/7/21〜)
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2019年09月06日

マンホール蓋

今日の夜練はいつも緑地公園内を往復するコースを走りますが、調子が良くないので気分を変えて公園外に出て走りました。 
コースは四日市シティロードレースのコースです。

コース.jpg

夜で暗いので足元を気をつけて走りましたらマンホール蓋が目に入ってきます。
今回見つけたマンホール蓋は2種類でした。

ひとつは
四日市コンビナート、オーストラリア記念館(もうありません)、コアラ、パンダがデザインされています。
コアラはシドニー市、パンダは天津市とそれぞれ四日市市の友好都市だそうです。

マンホール1.jpg

もうひとつはすぐにはわかりませんでした。

マンホール2.jpg

しかし5km手前の三滝川の橋で路面の石板でわかりました。

石板.jpg

四日市の花のサルビアでした。

10.4kmを90分で走るゆっくりジョグで練習にはなりませんでしたが、四日市市のことを少しだけ勉強できました。
マンホール蓋はその土地のメッセンジャーですね。 

<本日の走行距離>
夜ラン10.4km
<9月の走行距離>
67.1km
<年間走行距離>
2,861.9km
<連続走行日数>
1,874日
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2018年11月06日

名古屋城検定

今日もハーフマラソンの疲れが残っていますが、いつもの練習に戻しました。 スピードはゆっくり目です。

帰宅後、名古屋城検定の受験票が届いていました。 この歳で受験することは少し新鮮な気持ちとなります。 さて受験準備ですが、勉強はほとんどしていません。 しかし先月の歩こう会や、名古屋一人マラニックで現地を確認しており、あとはテキストで勉強すれば何とかなるかと思います。 試験日は11月17日です。 

目指すのは名古屋に訪れる友人や身内に名古屋城のことを案内できる様になりたいです。

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<本日の走行距離>
昼休みラン5.1km/夜ラン11.1km/計16.2km
<11月の走行距離>
77.2km
<年間走行距離>
4,218.8km
<連続走行日数>
1,570日(2014/7/19〜)

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2018年10月27日

歩こう会

1週間前の10月20日に、高校同窓会企画「歩こう会」が行われました。

この歩こう会は毎年を行っています。 私は幹事として企画に以前から携わっていますが、再発見も多く、参加者以上に楽しんでいます。

今回のコースは名古屋城本丸御殿〜白壁界隈です。
コース図です。私が作りました(力作??)。(引用元:名古屋市発行の文化のみち) 走るのには少し短いコースです。 

コース図1.jpg

参加者は14人、年齢層は30代(ご家族含めると4歳)から上は70代と幅広いです。
福岡県の高校なので遥か遠い名古屋地区でこれだけ集まるのは珍しいと思います。

まずは名古屋城。 本丸御殿ですが、残念ながら本丸御殿は長蛇の列で入れず、外から眺めるだけとなりました。 当日、名古屋まつりということで名古屋城も無料開放だったせいかもしれません。

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予定変更して城内散策。 清正石です。 ガイドさんから説明を受けました。 この石は清正石ですが、実際は黒田長政が運んで築いたそうです。(黒田家は福岡藩主。。少し縁を感じました)

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次は二の丸御殿のお茶屋に行きました。 茶屋の中には金の茶釜が展示していました。 金シャチは空襲で焼失。 その燃えがらで作ったものです。 茶釜の丸八は名古屋市の市章であり、尾張藩の略章です。

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きんさん、ぎんさん桜です。 あのきんさん、ぎんさんがで平成5年3月24日に植樹した桜で25年となります。

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名古屋城の石垣です。角の箇所が直方体の石が交互に積まれいています。 算木積(さんぎづみ)と呼ばれているそうです。 丈夫そうです。 N先輩から教えていただきました。

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次は埋御門(うずみごもん)。 藩主脱出用の門です。 ここから梯子を使って堀を舟で渡り脱出するそうです。 実際は使わていなかったということです。

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名古屋城はこれで終わりです。 城を出て、市政資料館に向かいます。

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途中、名古屋拘置所の脇を通ります。

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市政資料館は元は旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎です。 全国で現存する控訴院は名古屋と札幌だけです。 ネオ・バロック建築の立派な建物です。

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中央階段です。 当日は結婚式があったので赤い絨毯が敷かれていました。

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会議室です。 格式高く美しいです。 40畳と広く、1枚もの絨毯敷かれていました。 相当な高価ということです。(金額は忘れました)

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昼食です。 イタリアンレストランです。 後輩のMさんが探してくれました。 お料理美味しかったです。 幹事なのにワインを3杯飲んでしましまた。

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デザートです。

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予定変更し二葉館へ
日本初の女優と謳われた川上貞奴と 電力王と称された福沢桃介が、大正から昭和初期にかけて暮らしていた邸宅を移築・復元したものです。

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中のステンドグラスがきれいです。

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ガイドさんから説明を聞きます。

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川上貞奴愛用の三味線

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着物です。 家紋は川上家の家紋です

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さすが電力王の桃介です。 配電盤がありました。

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続いて橦木館へ行きますが、その前の山吹公園に慰霊碑がありました。ここに旧市立第三女学校があり、生徒が軍需品を作っていましたが、米軍の空襲に遭い防空壕に爆弾が直撃、避難していた生徒さん42人が爆死したということです。 戦争は悲惨なことを実感しました。

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橦木館到着。 輸出陶磁器商の井元為三郎が、大正末期から昭和初期に建てた邸宅です。

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お洒落な玄関灯です。

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名古屋の陶磁器産業の歴史を説明したパネルです

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陶磁器が展示されていました。

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橦木館を出て歩くと屋根神さまがありました。

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豊田佐助邸です。 、豊田自動織機創業者である豊田佐吉さんの弟さんです

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豊田家の家系図です。 

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白壁地区は豊田家の邸宅が点在していますが、残っているのは佐助邸のみです

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豊田家のマークです。

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風通しをよくする為、障子等工夫されています。

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壁の中は筋交いが入っており、耐震構造となっています。興味深いものがありました。

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高級料亭「か茂免(かもめ)」です。 元は尾張徳川家中級武士の安藤十次郎邸跡です。 モダンな洋館は大正8年建築です。

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ここは豊田佐吉の娘婿であった豊田利三郎の旧邸宅跡。門と壁しか残っていません。門は格式高い薬医門です。

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最後に百花百草到です。 岡谷鋼機の創業家である岡谷家の邸宅でした。DSC_0232.jpg

名の如く、庭はお花が咲いていてきれでいした。 ここでお茶を飲み解散しました。

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名古屋は歴史的産物がたくさん残っていました。 以前、ある名古屋人から名古屋(特にお城)はつまらないと聞いたことはありますが、見所満載です。 もう少しPRすればいいかなと思いました。

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2018年09月24日

名古屋城検定テキスト

今日は名古屋城検定の公式テキストを購入しました。 このテキストは当地三重県に売っていなく、名古屋まで行って購入しました。
11月の検定に向けて勉強します。
このテキストは読むだけではなく、実際名古屋城の現地まで行って目で観ながら読む必要がありそうです。

そして一昨日は名古屋市東区の白壁地区の散策をしました。 10月に高校同窓会のイベントの「歩こう会」の下見です。 後輩と先輩の方たちの3人での下見です。
先輩が白壁地区の資料をコピーして頂き、コピーを見ながら現地を確認しました。 すごく勉強になりました。
歩こう会は白壁地区以外に名古屋城本丸御殿も予定しています。 当日ガイドさんをつける予定ですが、今日購入したテキストで予習できそうです。

何故そこまで勉強する必要があるのか? 名古屋のことをもっと知りたいということと歴史好きというのが一番ですが。。

一つは
「自分の教養を深めたいこと」
もう一つは大学の恩師に言われた言葉
「自分の住んでいる所を他の人に案内できる様にすること」
名古屋は自分の住んでいる場所ではないのですが、今は地元の様に身近な街となりました。
大学時代は恩師の指導により近くを小旅行して勉強した頃を思い出します。

これからもその教えを実践し続けたいと思います。

<名古屋城検定テキストと白壁地区資料>
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<本日の走行距離>
三ツ又池公園(@愛知県弥富市) 10.8km
<9月の走行距離>
280.1km
<年間走行距離>
3,650.9km
<連続走行日数>
1,527日(2014/7/19〜)
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2018年08月05日

名古屋城 隅櫓(すみやぐら)・本丸御殿見学

昨日から名古屋城まつりが開催され、普段公開されていない隅櫓(すみやぐら)が公開されるという情報を聞きつけ、行ってきました。
隅櫓は、江戸時代初期の築城時から残る国重要文化財で見張り台や食料・武器庫として使われたそうです。
公開された隅櫓は東南隅櫓、西南隅櫓、西北隅櫓の3箇所は地図は下記の通りです。(名古屋城ホームページから引用)

名古屋城.jpg

まずは(江戸時代は辰巳(たつみ)櫓呼ばれていた)から見学です。
外観はこんな感じです。2階建てに見えますが、中は3階建てです。

東南隅櫓外観.jpg

中はこんな感じです。 何もありませんが、柱と梁は時代を感じさせます。

東南隅櫓内部.jpg

棟瓦は菊紋が入っていました。 徳川家なので葵紋と思いましたが、天皇家の菊紋です。 明治時代に本丸付近に名古屋離宮という宮内庁管理の建物があったので屋根の修復の時に菊紋になったという説明がありました。

東南隅櫓屋根.jpg

そして櫓からの天守閣の眺めです。 3つの櫓ではここからの眺めが良かったです。 手前に本丸御殿が見えます。

東南隅櫓からの眺め.jpg

次は西南隅櫓(江戸時代は未申(ひつじさる)櫓呼ばれていた)です。
外観はこんな感じです。 ここで注目したいのは鬼瓦の紋です。 菊紋です。

西南隅櫓外観.jpg

櫓は明治後期から大正時代にかけて自然災害にて倒壊し、大正12年に宮内庁により修復されたのですが、菊紋の鬼瓦に変えたそうです。

西南隅櫓鬼瓦.jpg

ちなみに東南隅櫓は葵紋です。

東南隅櫓鬼瓦.jpg

中はこんな感じです。 

西南隅櫓内部.jpg

そして櫓からの天守閣の眺めです。 木が邪魔になりいまいちです。

西南隅櫓からの眺め.jpg

最後の櫓は西北隅櫓です。 ここは少し遠かったです。(暑かったので休み休みで移動しました)
この櫓は江戸時代は戌井(いぬい)櫓、清須櫓とも呼ばれていました。
外観はこんな感じです。 3つの櫓では最も大きい櫓で、江戸時代から現存する三階櫓は全国で14基では熊本城の宇土櫓に次ぎ、2番目に大きいそうです。

西北隅櫓外観.jpg

中はこんな感じです。 鍼が太いです。 当初は清須城の櫓を移築したと考えられたそうです。 しかし昭和37年の解体修理した時に複数の建物の古材を転用しているが、1618年以降の建築である為、清須城の櫓からの移築ではないことがわかったそうです。

西北隅櫓内部.jpg

櫓からの眺めです。  ここは熱田台地の北端となっており、少し高くなっています。 堀の向こうに見える森が名城公園です。

西北隅櫓からの眺め.jpg

次は本丸御殿です。昨年も行きましたが、今回は全面公開ということで改めて見学しました。

まずは本丸御殿と天守閣の写真です。 天気も良く絶景です。

天守、本丸御殿.jpg

まずは黒木書院と湯殿書院に行きました。 ここは整理券がないと入れないので30分程待ちました。

黒木書院は清州城内にあった家康の宿舎を移築したと伝われています。 本丸御殿のほかの部屋は、総檜造りであったのに対し、この部屋には松が使われており、落ち着いた感じです。

黒木書院.jpg

そして湯殿書院です。 将軍専用の浴室です。 湯舟はなく、サウナ式の蒸し風呂です。

湯殿書院.jpg

そして上洛殿に行きました。 昨年は公開されていなかったので初めてでした。 本当にきれいでした。

上洛殿.jpg

名古屋城見学は約3時間余り。 その後、名城公園に少し走った後、清須のビール工場近くでテニス仲間と飲み会でした。

ムチャ暑かったですが、暑さより好奇心が勝って名古屋城の各所を見学しました。 名古屋に関して見聞を広めることができ、充実した一日でした。


<昨日の練習内容>
名城公園ラン5.2km
<8月の走行距離>
28.1km
<年間走行距離>
3,135.9km
<連続走行日数>
1,476日


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2018年01月15日

名古屋城

今日は代休だったので念願の名古屋城に行ってきました。 実は名古屋城は初めてです。
まず今復元中の本丸御殿を見学。

<御殿の入口の車寄です>
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<中の襖絵です 美しいです>
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<対面所の折上げ小組格天井です>
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美しかったです。 今年6月に復元が終わる様なのでまた行ってみます。

その後、天守閣へ。 消失前の天守閣の図面、写真が展示されており見応えがありました。 少し時間が無くてじっくり見ることができなかったのですが、今度は時間をかけて見学します。

<天守閣です>
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<天守から見た名城公園>
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その後、いつもの名城公園で練習です。 名古屋についてもっと知りたいので、時々練習を兼ねて行ってみようと思います。

<本日の走行距離>
名城公園ぐるぐるラン13.0km
<1月の走行距離>
254.4km
<年間走行距離>
254.4km


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2017年11月25日

愛岐トンネル群散策

今日は旧中央本線の「愛岐トンネル群」を散策しました。 もちろん歩きです。

かって愛知県の高蔵寺駅〜岐阜県の多治見駅間には13基のトンネル群がありましたが、戦後の高速・大量輸送時代に対応できなくなり、新線が建設され1966(昭和41)年に廃線となりました。(愛岐トンネル群保存再生委員会HPより抜粋)

そのトンネル群の一部が今日から〜12月3日まで公開されるということで高校の先輩に誘われて先輩達3人と一緒に行きました。

中央線の定光寺駅からスタートです。 階段を上り、廃線へ。 地元の方々により整備されており歩きやすかったです。 距離は片道1.7kmで4つのトンネルを通ります。 今日公開初日ということでたくさんの観光客がいました。

紅葉が進んでおり綺麗でした。 

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また廃線脇に防護柵がありその支柱に古いレールが使わていました。 八幡製鐵所製のSのマークが1911年製です。 故郷の八幡の産物です。 感慨深いものがありました。

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そしてトンネル。 1900(明治33年)に開通したということで煉瓦作りのトンネルは歴史の流れを感じました。 中は暗いです。

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トンネルの底部の補強の逆アーチ部(インバート)も確認できました。 建築好きの人にはお薦めです。

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最後にトンネル間の広場でコンサート。 モンゴルの馬頭琴という楽器の演奏を楽しむことができました。

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紅葉もきれいでしたが、貴重な歴史産物で興味深いものがありました。 少し得した気分です。

ランの方は帰路途中で名古屋の名城公園の立ち寄り練習してきました。




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2014年08月02日

甲子園の由来

甲子園球場が昨日で90周年迎えました。昨日ラジオで知りましたが、その甲子園の名前は十干十二支(じっかんじゅうにし)に由来しているといことです。
十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種
十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種
十干十二支を組み合わせると60種類となり、年に当てはめると、60年となります。
よく知られているのは「丙午(ひのうえうま)」です。 60年の最初の組合せは「甲子(きのえね)」で、1924年(大正13年)にあたります。 その年に甲子園球場が完成し、十干十二支の最初が「甲子」で縁起が良いことから甲子園球場と命名されたということです。

8月9日からその甲子園球場で全国高校野球選手権が始まりますが、我が母校はシード校でありながら地方予選2回戦で負けました。 先日の同窓会で会長が悔しがっていました。 甲子園は行ったことがないので、いつか母校が出場することがあれば応援に行きます。


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2012年05月12日

四日市萬古(ばんこ)祭り

今日は妻と四日市萬古(ばんこ)祭りに行ってきました。 目的は目玉焼き鍋を買うことです。 昨年も買いましたが、柄が折れてしまったので。。。
しかし同じ物はなく、少し大き目な鍋を買いました。
明日の朝早速使ってみます。
祭りは人が多く賑やかでした。しかし風が強く、出店のテントが吹き飛ばされそうになりました。 おかしな天気が続きます。
明日は愛知県尾張旭市でハーフマラソンがあります。 チャリティランということもあり、のんびり走ります。

<本日の走行距離>
起伏走11.8km
<5月の走行距離>
210.0km
<年間走行距離>
2,096.4km

万古祭り.jpg
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2012年04月26日

地名の由来

今日は出張疲れがあり、走りはいまいちです。 筋肉痛もなかなかとれません。 夜ランは結構雨が降っていており、コースの一部は冠水していました。
昨日の出張先は埼玉県の東松山市でした。 東松山の名前の由来を調べたところ、当地に松山城があり、松山市と名付けたらしいですが、愛媛県の松山市とかぶるので、断念。 愛媛県の松山市より東にあるので東松山市となったそうです。
この様なケースが北海道の北広島市、東京都の東久留米市です。 
少し勉強になりました。

<本日の走行距離>
昼休みラン6.9km/夜ラン6.6km/計13.5km
<4月の走行距離>
399.8km
<年間走行距離>
1,822.7km

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2007年08月05日

町民水泳大会

今日は町民水泳大会。 町民水泳大会とはいえ、小学生が中心の大会である。 今日の参加は小学生が約20名と中学生以上〜大人は6名だった。 毎年、特に小学生の参加が減少傾向であり気になる。 水泳人口が減っているかもしれない。

中学生以上の部は毎年、ほとんど同じメンバーであり、顔見知りも多い。 学生時代から水泳をやっている人がほとんどでレベルが高い。 私はその中でやっと小学6年でやっと泳げた程度で単なる水泳好きなので到底勝負にならない。 今年も最下位確実である。

中学生以上は今年から25mから50mに変更になった。 要望があったらしい。 昨年も出たが、そんな要望をした記憶はない。

開会式の30分前からプールに入り、アップに入る。 プールの水は少し冷たかったが、軽く泳いでいる内に体が温かくなってきた。 そして飛び込みの練習。 飛び込みは下手なので腹打ちする。

10時の開会式の後、小学生から中学生以上の順番で平泳ぎ、自由形、背泳ぎの順で進んでいく。
小学生の泳ぎを見ていたが、中にはコースロープを持ちながら25mを必死に泳いでいた子もいて、ゴールすると思わず拍手した。

さていよいよ平泳ぎ50mスタート。 メンバーは5人である。 飛び込み台に立つと緊張し、すこしふらつく。 貧血のせいかもしれない。 そしてスタート。 後に自由形があるのでゆっくり泳いだ。 20mほど泳いだ時点で他のメンバーとすれ違う。 かなり遅れていた。 そしてターンしてゆっくり泳ぐ。 そしてやっとゴール。 他のメンバーはプールサイドに座っていた。 断トツの最下位。。 タイムは1分20秒80。 ゆっくり泳ぎすぎてしまった。 その代わり疲れはなし。

続いて自由形。 平泳ぎよりは得意なので気楽に泳げそう。 メンバーは6人。 そしてスタート。 意外に体が動いて、それなりにペースが落ちずに泳げた。 それでも順位はまたまた最下位。 タイムは48秒55。

泳いだ後、表彰式、抽選会があり、どれも引っかからず、参加賞としてスポーツドリンク1本。 参加費はただなので、とりあえず満足。
来年もまた懲りずに出る予定。 今度は少し練習しようと。

午後から水泳大会で頂いたスポーツドリンクを持って、菰野町へ走りに行く。 鈴鹿山麓かもしかハーフマラソンのハーフコースを暑い中、走る。 先週の反省を踏まえ、走る前にスポーツドリンクで給水して走る。 もちろん、帽子もかぶり、途中水分補給して2時間かけてゆっくり走った。
走った後、せせらぎの湯に入る。 はぴちのPapaさんが既に入っておられ、しばらく談笑した。

今日も1日、スポーツ三昧で過ごした。

<本日の走行距離>
午後ラン21.1km

8月の走行距離 113.9km
年間走行距離 4,866.9km


07町民水泳大会.JPG


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2006年09月30日

伊吹山登山

今日は伊吹山登山。 登山でも走って登るのではなく、地元の子ども会の登山の引率として参加した。  したがって歩いて頂上を目指す。 朝4:00に起床。 5:00前に町役場をバス等で出発した。 子どもたちの参加人員は48名である。 8:30に伊吹山のゴンドラに乗り、3合目まで行く。 そこから歩きである。 子どもたちも当初元気はあったが、だんだん疲れてきたが、無事全員頂上に到着。 所要時間は2時間30分位である。 頂上で昼食、記念撮影した。 子どもたちは元気に走り回っていた。 13:20に下山開始。 やっぱり転倒者が何人かいた様である。 子どもたちに声をかけながら3合目着。 所要時間は1時間30分位。 ゴンドラにて下山。 全員が無事に下山した。 今回は天気も良く、絶好の登山日和になった。 下山した後も子どもたちは元気よく遊びまわっていた。 全員怪我もなく、役場へ18:20着、そして解散した。 私の方は結構、疲れが残ったが、子どもたちが楽しそうだったので心地良い疲れである。 明日の藤堂マラソンである。 子どもたちの顔を思い浮かべながら走ろう。

夜ラン4.0km
9月の走行距離 514.5m
年間走行距離 4,378.6km


頂上で一休み

伊吹山登山1.JPG













下山しています

伊吹山登山2.JPG














琵琶湖が見えます

伊吹山登山3.JPG
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2006年07月17日

講演会

今日の夜、PTAの講演会に出かける。 講演会のテーマは「子どもを犯罪からどう守るか」〜犯罪機会論と地域安全マップ〜で講師は立正大学教授 小宮信夫先生である。 講演の内容はなかなか興味深いものであった。 講演の概要は以下の通りである。
犯罪防止として現在の日本では「犯罪原因論」、即ち犯罪者の心理、育った環境等の「人」に観点がいくが、「犯罪機会論」即ち犯罪を起こし易い場所に観点を移すべきだと。。 その犯罪機会論を具現化したのが「地域安全マップ」である。 そのマップにて犯罪が起こりやすい場所を抽出する。 犯罪の起こりやすい場所として「容易に人が入れる場所」と「人から見えにくい場所」。 また落書き、放置ゴミがあるところ、窓が割れている様な建物(割れ窓理論)も人が無関心な所も犯罪が起こりやすい場所である。 また従来の「不審者マップ」、「犯罪マップ」は副作用があり、何も効果がない。 それは過去に犯罪が起こった場所を調べることは、被害者にとっては触れて欲しくないことを思い出させることになる。 また「人を信じない」が前提となっているので子どもたちへの教育、地域の一体性に反することになる。
「地域安全マップ」は子どもたちが作ることにより子ども自身が自ら守る力を養える効果と地域の住民と話がでく、子どもたちが地域が好きになる効果がある。
以上が講演の概要である。
自宅近くをランニングしているが、その様な危険な場所は結構多い。 個人だけではなく、地域全体が安全に関心を持ち、いかに行動するかは大切である。 何らかの形で行動したい。   
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